『ハムレット』に関するジョークの続き
 

さて、『毒の名はユニオン』なんていう本が実在しない代わりに、このネタの元になった本について、もう少し反証を書きたいと思います。
本に書かれていた「二つの仕掛け」の話です。

1 「誰か? ハムレットとは何者なのか?」という問いかけに始まり、「それは言わない」で終わる

2 ハムレットが生まれた年に墓堀が開始されたということ。「道化の言葉」の重要性を指示するという異様な構想。

この二つとも、奇妙だとすぐ気がつくものだけど、まず1。
この劇冒頭の問いは、見張りの兵士によって発せられる。「そこにいるのは誰か?Who's there?」と、城砦の暗闇に向かって、緊張感とともに投げかけるセリフである。そこでは「ハムレットが」何者かという疑問は出ていない。その問いを発した兵士バーナードは、ハムレットが王子だと認識して、それを疑うどんな材料も持ち合わせないのだから(それならハムレットが死に際に「この」問いに答える必然性もない)。
むしろ、「この問いに意味を見出せ」というのであれば、終幕にフォーティンブラスがなだれ込んでくるという点を指摘したい。内部のごたごたを知らない兵士の身分では、ノルウェー軍がいきなり出現すれば、突然のことに恐ろしく動揺するだろうし、下手すれば「誰か?」といったばかりに問答無用で斬られるかも知れない。
しかも、「誰か?」の問いの受けは、「国王万歳 Long live the king」。たまらなくドラマティック・アイロニーしている。それだけで「デンマークの運命を予感させる問い」ではないだろうか。


2。ハムレットが生まれた年に墓堀をはじめた、というのは道化兼墓堀のセリフ。
「で、それは何年になるね?」ときかれて「ガキの頃からかれこれ30年ここにいますじゃ I have been sexton here man and boy,thirty years」と答える場面。
そのまま鵜呑みにするとハムレットは30歳となるけれど、最初に出てくるハムレットは大学から急遽かけつけた学生であって、卒業もしていない。すると(作品発表)当時の王侯貴族が大学に在籍した年齢は17〜19歳くらいだから、ハムレットもその程度の年齢と考えて間違いはないと思う。諸説あるけれども、ここはやはり見た目。その年齢であれば、母の再婚が急で、という理由で荒れ狂って女性不信になっても、まだ絵になるというもの。

さらに、この時代に「30年」といえば、「人生のほとんどの期間」の意味になると言われている。墓堀は、話す相手が王子とは知らないわけで、気楽に適当な答えをしたまで、ということになる。それを正しい年表としてあてはめていけば、先王不在の戦争続きの頃に生まれたハムレット、というガートルード不義説につながるのは当然だけれど、その説は前提が確実でない。
道化の言葉を重要視するのは、それほど異様には見えない。というのも「道化役者」が重要、だったからでもある。悲劇の間にコミックリリーフ(ちょっと笑わせる場面)を持ち込んでも、調子に乗ってアドリブ連発、では台無し。やはり絶妙なバランスがなければ場面がだれてしまう。これはまさに「指示」なのであって、ハムレットがいっぱしの舞台演出家の顔を見せるシーン、身に覚えのある道化役が観客に意味ありげな表情を見せ、観客が「お前のことだろ」などと相手をする、オープンで参加型の場面も想定できる。
勿論、主役を食いかねない人気者の道化役がいたのは有名な話。

翻訳でシェイクスピアを読むのも見るのも、楽しむ分には問題ないけれど、翻訳だけでもって、作品世界をくまなく知ることは無理というか、不可能に近いです。しかし真面目腐って持論をぶちあげておいて、それが実は冗談だったら?とふと思ったら、それはマジメに書けば書くほど面白いに違いなく――今回は4月1日企画にしてみました。

ついでに、狂えるオフィーリアがさんざん持ち出したのは亡き母親だったという話ですが、そのオフィーリアが言及する亡き人物は、原文ではことごとくhis/he/himでしたね。

 

2010.Mar.
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シェイクスピア

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