オフィーリアの花の小径
fantastic garland

『ハムレット』第4幕の最後にこの一節がある。オフィーリアの死を扱った、素朴で美しい描写だ。

There is a willow grows aslant a brook,
That shows his hoar leaves in the glassy stream;
There with fantastic garlands did she come
Of crowflowers,nettles,daisies,and long purples,
That liberal shepherds give a grosser name,
But our cold maids do dead men's fingers call them.

オフィーリアは狂気のうちに花輪をつくり、それを柳が生えた川辺に持ち込んで枝にかけようとしたのだった。しかし枝は折れて、彼女は水に落ち、ドレスの重さも手伝って溺死してしまう。
これだけ詳しく語れるなら目撃者がいるわけで、黙って見ていないで助ければいいと思うが、そこは舞台での台詞だけでオフィーリアの死を想像に委ねた、というシーンなのだと納得しよう。
しかし、オフィーリアは城からここまで出かけてきた、その途中で花を調達したと考えると、どういう道を辿ったか見当がついてくる。
まず、crowflowers,nettles。これらは牧草地の雑草と考えられる。crowflowersはピンク色の切り目の深い花弁がつく。やや湿地を好む雑草だが、当時は花輪によく用いられたという。nettlesは昔話にもよく登場するイラクサの一種である。花はほんの小さな白。風が吹くとこれらの草はこすれては気持ちのいい緑の香りを発しただろう。オフィーリアよりはるかに貧しいが自由な身分の人々の空間である。
このようなのどかな場所から、次はdaisyである。普通に考えてこれも日向の雑草だが、昔のデージーは踏まれても平気な小さな草丈であるから墓地にも生えている。オフィーリアは父親の墓を探してフラフラとさまよったのかも知れない。
さらにlong purples. 訳ではよく「紫蘭」となっているが、日本のシランとは全く似ていない、ランの一種とはいえアラムの仲間である(諸説あり)。形態はランというよりカラーかミズバショウに近い。
英名lords-and-ladiesというこの野生のアラムは、川の傍や木蔭の肥えた土に育つ。語り手はこの花の名称についてさらに2行も費やしているが、後半の「死人の指」はこの花の特徴を示していると思える。というのは、花の芯の部分が指状の形でしかも紫色を帯びているからだ。
この花を花輪に織り込んでもおそらく美しくはならない。が、「死人の指」という名称をオフィーリアが知っていて、本物の死者を連想して加えたくなっても不思議はないだろう。
こうして花輪を作り終えたオフィーリアは、人気のない、薄暗い川辺に辿りついていたのである。

最後に柳が出てくる。それは単に川の傍ということではなくて、一年中、葉の色を変えない――心変わりをしない柳はオフィーリアの代弁者だ。
オフィーリアの父をはずみで簡単に殺したのはほかならぬ恋人のハムレットだった。この悲しみが結局は彼女の命を奪う。

ジョン・エヴァレット・ミレイの『オフィーリア』という絵は、テートギャラリーの2番人気である。しかしやけに赤いケシや昔にしては大きすぎるパンジー、小道具然としたロビンなど、いかにも19世紀の《作った》雰囲気は、原作のこの場面に合っている感じはしない。同時代ならばもっとひっそりと展示された、アーサー・ヒューズの作品のほうが原作好きには好まれるのではないかと思う。

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