『古老の船乗り』〜I shot the ALBATROSS

 
 S.T.コールリッジの幻想詩「古老の船乗り」は、詩として読むとイメージの豊かさと迫力で魅了される。 しかしストーリーだけを見るならば、一人の船乗りが経験した厳しすぎる罰の物語である。
古老は、友人の結婚式に招かれた若者を突然捕まえて話を押しつけようとする。そしてその内容は、殆ど脅し効果のある宗教画のようである。

 最初のエピソードは、意気揚揚と航海に出る話。しかし異変はすぐに起き、船は南極の近くまでも流されてしまう。

船は早々に走った
まるで大声で怒鳴られ鞭で追われるように
そして南へ南へとおちていった


 氷に囲まれ責められるうちに、そこへ一羽のアホウドリが現れる。この無害な鳥は船にまとわりつき、水夫が餌をやるとそれを受け取りにやってくる。そして程よい南風とともに、船は氷の海を脱出する。

その鳥は靄や雲の中
マストの上や帆綱の頂きに
九度の宵の明星を見るまで留まり
その夜の度 煙る霧の向こうに
月がほの白く光っていた


 告白はこの直後にやってくる。話を聞かされている若者が怯えるほどの形相で、古老は言う。

With my cross-bow
I shot the ALBATROSS
.


 語り手はなぜアホウドリを射殺ろしてしまったのだろうか。彼は理由を語ることがない。
 仲間たちは、罪もない鳥を殺した彼を罵ったが、そこで靄が晴れてくると、靄をもたらしていた悪い鳥だから殺してよかったのだ、と無責任に彼を擁護するのである。試練はこの後に始まる。

 第二部では船は赤道まで導かれ、今度はピタリと停止した。水夫たちと戯れる鳥もいない、音もない、ただ広漠とした海である。血の色をした太陽がとりつき、水が底をつく。

来る日も来る日も
息もなく身動きもなく
船はまるで 絵に描いた海に
描かれたように 貼りついていた


 停滞した海はぬらぬらと腐敗し、夜には呪われた青白い炎がまとわりついた。悪霊は雪と氷の国から船を追ってきたのである。呪いを鳥を殺した彼一人に向けるために、仲間の船員は、彼の首に十字架のかわりにアホウドリの死骸をぶら下げた。

 けれども呪いはまだ始まったばかりだった。干からびた喉とかすんだ目で、彼等は船をみつけて狂喜する。しかしその船が迫ってきたとき、乗っているのが異形の者と知るのに時間はかからなかった。そこで遊戯のようにサイコロが振られ、妖しい女が勝って口笛を吹いた。幽霊船は走り去り、星空の下で、仲間の船員はなすすべもなく倒れていく。主人公ひとりを除いて全滅。彼には死ぬことが許されず、海蛇の海にいつまでも漂わされる。
 しかし、その海蛇の群はなぜか彼には称えるべき美しい生き物に見えた。

まさにそのとき、私は祈ることができた
すると首がすっと軽くなり
かけられていたアホウドリの体が落ちて
鉛のように 海に中へ沈んでいった


 試練はこれですんだわけではない。彼を愛した鳥を、戯れに(としか言いようがない)殺した罪は、彼がすべての生物を愛する心を取り戻すまで孤独で苦しい船旅を強いる。厳しい贖罪は彼が老人と化すまで続く。

 作者が、あらゆる自然への敬意を幻想に織り交ぜて描いたということはよく分かる。というのも、最後の部分で、結婚式はすんでしまい、行きそびれた友人たちはそのことを悔やむ事は忘れて、古老の話に教訓を得ているからである。
 しかし、もう幾つか解釈できると思うのでそれを述べてみたい。
アホウドリとは何かの象徴だったのではないか。例えば、船は南極や赤道へ長い航海をしていたのだから、どこかで無邪気な現地人に出会ったのかも知れない。そして彼等が無害で、この旅人を優しくもてなしすぎたために、船乗りたちは戯れに、海鳥を射殺すように、そのうちの誰かを殺害したのかも知れない。追ってきた霊魂による鳥のための復讐が、人間地味た本物の憎しみで圧倒してくるのもそう読めば分かる部分がある。
 またあるいは、探検の中で美しい恵み深い島を発見し、そこで恩恵を受けながら、それが恩恵であることを忘れ、海というものを侮って船出した、とすることもできる。
 追ってきたと思われた霊は彼等の、忘れかけた海原への敬意と恐れであり、主人公だけに罪をきせようとしても、背後に構えている自然の前では誰もが同じ罪を贖わされる。腐った海、照りつける日差し、水がなく、喉は煤がつまったようになる。幽霊船でサイコロを振った魔女は、彼等の行いを正義の秤にかけて負けの目を出させた。その裁きは死であり、このことを伝える役目の男を一人残して、最後の最後にゆっくりと故郷への風が吹く。だがそれは呪いでも運命でもない。彼は月をいつも眺め、憧れ、慰めをもとめていた。そして今度は、見つめて身の振り方を習うことを覚えたのだ。
  彼を裁いた存在はこの光景を見ながら、このとき静かに見守っている。

どこへ向かおうか 尋ねているようだ
凪ぎにも嵐でも そう導くのは月だから
君、見てみたまえ! 
月は かくも慈愛深く 彼を見下ろしている



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